奈落の底に落ちていくのは容易い。花に止まる蝶のように、ひらひらと。それはとろけてしまうジェラートのようにやわらかい。

鏡に映った真っ赤なルージュがいやらしくてあわててすぐに拭き取る。

 

今までの間、ずっと関係性に名前なんていらないと思っていたのに。本気でそう思っていたのに。口に出してしまったが最後、わたしは関係性に名前が欲しいと思ってしまったのだ。なんて態とらしくて厭らしくてあまのじゃくな、狡い女なんでしょうか。でもわたしはどうしてもそれが欲しかったのです。彼に対して自分自身をきつく縛り付けるための名前が。

 

底へ落ちていくのが容易いように、今のわたしは嘘を吐くことですら甘く感じてしまう。コピーアンドペーストした笑顔に本や映画や音楽で聞いたような発言を沢山切り取って、口を開く。

自身の部屋にあふれた嘘の臓物はバニラの香水の様にまとわりついて、それは自分の首をじわりと締め付け、今にも窒息しそうで。しかし、その時に合間見える景色はアダムとイヴが追放された楽園か、目を閉じたらチカチカ光る紫色の麻薬のように艶やかだった。

 

 

ふと、目を横切った蜂が蜘蛛に捕らわれていた。

 

林檎も蛇も無花果も葡萄もここにはきっとないだろう。それでも信じていたい体温に絆されたまぼろしの様な忘れられない夜だったから、どうかここにだけは遺させて欲しい。

 

 

p.s. 去年のわたしへ

二十歳になりましたが未だなんとか生きています。いつもお疲れ様。