撫でられた髪に体温が残っている気がして触ったのだけれど、それは雨に濡れてとても冷たかった。

タクシーから降りて小走りでマンションのオートロックをかいくぐる。濡れてしまったヒールをだらしなく脱ぎ捨てて、雨音をかき消すようにとっさにわたしはラノマニフを流した。ラノマニフが好きだ。雨の日に聴くと、尚更。ワンピースをぱさりと床に落とし、バッグの中から取り出した新鮮な煙草の煙を吐き出す。洗ったばかりの清潔なバスタブにジャスミンの香りのお湯を張っている間に浴室のドアにもたれかかりながら昨日のことを思い出した。

 

待ち合わせた妻と言い合いをしたという彼はいつもより元気が無さそうにも見えたし、苛立っているようにも見えた。わたしたちはだらしなく手を繋ぎ、公園へ向かう。そして煙草を吸い、軽いキスをする。それはいつしか彼の街へ行く時のきまりになっていた。わたしを抱き寄せた彼の腕はあたたかく、それは湯煎したチョコレートのようにわたしの心をどろどろに溶かせてしまう。そのひとはきっと魔法使いなのだ。

彼はカフェラテを飲み、わたしは買って貰ったパウンドケーキをほおばる。だんだんと夜になっていく空を眺めながら隣を見ると彼はひとりでにとても不安で、かつ、寂しそうな目をしていた。わたしが性産業で働くかもしれないこと、妻のこと、子供のこと、わたしたちの未来のこと、すべてが不だと。こっそりと時計をはずす。

誰も知りえないわたし達のことを。

 

冷えた身体をあたためるようにシャワーを浴びながら彼の触れた場所を洗い流した。それがなんだかとてもさみしい気がして、自分ごとあまったるい湯船に沈んだ。

 

まだ今日も長い。