少女は儚い。

 

ネグレクト、薬漬け、アルコール中毒、売春、不倫、レイプ

これが私の10代だった。

 

キラキラで今すぐにでも溶けてしまいそうな儚さは束の間、毎日が重苦しくまるで身体中に鎖を繋がれているような。

 

21歳になってからそんな辛さは無くなった。

代わりに、あの頃のような危うさ、儚さ、美しさも同時に失った。

妙な喪失感。処女を失った時のような悲しみ、うれしさ。喪失感。

 

そして、あの10代を経験し、失ったからこそわかることもある。次は当事者ではなく、第三者、オトナ、として少女を監督出来るから。

 

 

守り続けなければならない存在、それが少女であると。

 

 

好きな本

三日にいちどはエッチしたいけど、一週間にいちどは尼寺に入りたくなるの。十日にいちどは新しい服を買って、二十日に
いちどはアクセサリーもほしい。牛肉は毎日食べたいし、ほんとは長生きしたいけど、一日おきにしにたくなるの。ひろか、ほんとに変じゃない?

 

「私、ゴルフをする男のひとは大嫌いなの」 詩史は、そうも言った。ベンツのトランクに積まれた、二つのゴルフバッグ。

 

今頃胎児はねえ、まぶたが上下に分かれて鼻の穴が貫通している時期よ。男子なら腹膣内にあった性器が下降してくるの、わたしの中から出てきたら、それはもう否応無しにわたしの子供になってしまうの。選ぶ自由なんてないのよ。顔半分が赤痣でも、指が全部くっついていても、脳味噌がなくても、シャム双生児でも……

 

死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

 

「はい、干鱈。」
「こまかく刻んでくだすったわ、塩っぱくていい気持、おじさま、して。」
「キスかい。」
「あたいのは冷たいけれど、のめっとしていいでしょう、何の匂いがするか知っていらっしゃる。空と水の匂いよ、おじさま、もう一遍して。」
「君の口も人間の口も、その大きさからは大したちがいはないね、こりこりしていて妙なキスだね。」
「だからおじさまも口を小さくすぼめてするのよ、そう、じっとしていてね、それでいいわ、ではお寝みなさいまし。」

 

死の欲動の設定によって、サディスム、マゾシズム、サド-マゾシズムという「残酷」と「悦楽」で構成される倒錯の基本病理が見えてくる。これらの病態は、いずれも「<他者>の<意志>」の前に、主体がシニフィアンの衣を剥がされ(斜線を解かれ)、生の姿(生の主体)を晒すこと」である。

 

「私の恋人は完璧なかたちをしている。そして、彼の体は、私を信じられないほど幸福にすることができる。すべてのあと、私たちの体はくたりと馴染んでくっついてしまう」

 

だめだよマリアンナ。
自分の全生命をかけ常にシャミリイを思い、彼の為に自分を捧げ尽くしても、もう彼の中ではあなたのことなどただの1パーセントも占めてはいない。その1パーセントの中であなたがどれほどのことをしようとも、もはや、あなた自体が彼の中でなんの価値もないのだから。
彼は、あなたのことなど、気にもしない。
あなたの恋文を真面目にとってやっぱりいるとかいらないとかいうのではなくて、彼にとっては単に、もう、終わったことにすぎない。もう自分に関係のない人が何をしようが、関係ないのだ。

 

「お付き合いしている方がいます。え? 結婚? はは、考えてるところです。」

 

好きな人が出来たからと言って、付き合えたからと言って、一緒に住んでいるからと言って、他人のわからない未来についての結婚や出産に結びつける人が殆どだ。好きだからと言って、一時の感情に自分の未来や、今までの思考を蔑ろにして、自らのクローンを作るなんてばかな真似はしたくない。

それだけじゃない。私だって自分自身がこんなふうで無ければきっと幸せそうに籍を入れて、胸元には赤子を抱いているだろう、きっと。

でもこんなふうになってしまった私にはそれでは駄目なのだ。

 

私はもう忘れたのか。もう終わりにしたいと唇を噛み締めてロープを首に掛ける感覚を、アルコールとドラッグを流し込んで嘔吐く感覚を、手首に滑らせた刃物を、寝ている間にどうか死ねますようにと願う毎晩を、平然と訪れ絶望する朝を、世界を呪ったあの瞬間を、血の味を。

 

自分の愛する人にそういう思いは掛けたくない。苦しみを知って欲しくない。私だけが知っていればいいのだから。

避妊薬を飲み続けて、いつの日か卵管を縛れますように。その暁には自分の女である性質への呪縛が解けますように、

 

「お前は悪魔みたいな女だ」とその人はよく言った。時にはいたずらっ子のような声色で、時には呆れたような笑顔で、時には冷めた目をしながら。

さて問題です。悪魔のような女にしたのは誰でしょう? …答えなんてわたしにもさっぱりだ。

 

スツールに腰掛けてわたしはカフェラテに口をつける。ぼんやりしながら、恋煩いに似たため息を落として。ネイルと同じピンク色のグロスカップにべったりとついていた。厚いカーペットにぐったりとした珈琲の香りが漂うこの喫茶店が妙に祖父母の家を思い出して、とても居心地が良い。塾をサボって祖父母の家に飛び込んでチョコレートケーキを食べたあの日を懐かしむ。

 

触感と香りはたちまち過去の記憶を思い出させる、とわたしは思う。良い思い出も思い出したくないような記憶もすべて引っ括めて。反対に、香りを忘れると触感も忘れてしまう気がする。

ざらざらとした猫の舌、赤子みたいなミルクの匂い、変わる前のマルボロのソフトパッケージ、焼けた本の匂い、氷のような、それでいてざらついた指先。

彼といるとわたしはたちまち不安になる。それは本当に自制がきかなくなっていくような感覚に陥る。自分が自分でないような気持ちになるような。会っている間は時間という感覚も失って、世界にふたりきりだという気がする。

彼が仕事に行く時間。ドアの前でお別れをしたら世界の時間がめまぐるしく変化して、ひとりきりになるとこの世界のたった一分、その六十秒がなんだか二時間程経過したかのように感じてしまう。そんな自分自身がなぜだかすごく怖いのだ。

でも、それでも。きちんと愛している。髪の先から短く切り揃えられた爪までまるごと。今までの恋愛が嘘だったみたいに。それはまるで洗いたての清潔な真っ白のシーツみたいに。

人と眠るのが苦手なわたしだったのに、彼のそばならその体温に甘えて溺れたよう。

ずっと続く愛なんて嘘だと思っていたけれど、彼といると本当に存在するのではないかと錯覚してしまう。どうしてくれるの?

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撫でられた髪に体温が残っている気がして触ったのだけれど、それは雨に濡れてとても冷たかった。

タクシーから降りて小走りでマンションのオートロックをかいくぐる。濡れてしまったヒールをだらしなく脱ぎ捨てて、雨音をかき消すようにとっさにわたしはラノマニフを流した。ラノマニフが好きだ。雨の日に聴くと、尚更。ワンピースをぱさりと床に落とし、バッグの中から取り出した新鮮な煙草の煙を吐き出す。洗ったばかりの清潔なバスタブにジャスミンの香りのお湯を張っている間に浴室のドアにもたれかかりながら昨日のことを思い出した。

 

待ち合わせた妻と言い合いをしたという彼はいつもより元気が無さそうにも見えたし、苛立っているようにも見えた。わたしたちはだらしなく手を繋ぎ、公園へ向かう。そして煙草を吸い、軽いキスをする。それはいつしか彼の街へ行く時のきまりになっていた。わたしを抱き寄せた彼の腕はあたたかく、それは湯煎したチョコレートのようにわたしの心をどろどろに溶かせてしまう。そのひとはきっと魔法使いなのだ。

彼はカフェラテを飲み、わたしは買って貰ったパウンドケーキをほおばる。だんだんと夜になっていく空を眺めながら隣を見ると彼はひとりでにとても不安で、かつ、寂しそうな目をしていた。わたしが性産業で働くかもしれないこと、妻のこと、子供のこと、わたしたちの未来のこと、すべてが不だと。こっそりと時計をはずす。

誰も知りえないわたし達のことを。

 

冷えた身体をあたためるようにシャワーを浴びながら彼の触れた場所を洗い流した。それがなんだかとてもさみしい気がして、自分ごとあまったるい湯船に沈んだ。

 

まだ今日も長い。

 

愛とは自己犠牲であり、恋とは刹那的な性欲の勘違いである。全てをわかっているような振りをしながら何もわからないわたしは笑顔を貼り付けるだけで精一杯だった。それは15歳の時も、20歳になったってなにも変わってなんてなんかいない。思考をかき消してくれるうるさい音楽。夜中のタクシー、家の冷蔵庫の中の腐った牛乳。置きっぱなしの血まみれのタンポン、あぁ誰にもバレたくない。

ふかふかの絨毯の上でしか歩けなようなキツいピンヒール、若い間しか着れない胸囲とウエストを強調して太腿を露出したミニ丈のワンピースを身に纏い、飲めもしないショットグラスを自傷行為のように無理矢理傾ける。粉々にした安定剤を鼻から吸い込むように、とにかく昔も今も私はこの辛い現実に目を向けたくなかった。ただただ逃げ出したかった。逃げ出したって行くあてなんてありゃしないのに。バーカウンターで一人酒を煽るわたしに対してシルバーのネックレスをつけた如何にもチャラそうな男が声をかけてくる。嘲笑にも似た溜息に、頬杖をつくと指先からあの人の煙草の匂いがした。吸えもしない重いタール数のその煙草を噎せながらも孤独を感じて吸ってしまう。嗚呼、馬鹿みたい。あの人の子供を壊すことも、未来を取り上げることもわたしには出来ない。昔に比べると大人になったんだろうか?じゃあどうして不毛な気持ちを抱いているのか。馬鹿みたいな恋をしているのだろうか。…所詮性欲の勘違いだから。わたしは足を組みかえて声をかけてきたその男に微笑みかける。手を引かれクラブの洗面所でキスをした。所詮性欲、恋なんかじゃない。そう、きっとそう。睡眠薬とアルコールに依存したわたしに男の人は簡単に寄ってくる。たかが性欲。男も女も、きっとそう。

 

こういうの、きらい?潤んだ瞳で見つめながら火照ったわたしの頬に男の手を添えると首元を舐められ、下着をずらされる。気持ち悪い。乾いた陰部を触られたって何も感じない。目を閉じてあの人にされていると思い込めば何故か涙が出てきて辛くて辛くて、知らない男でも気持ち良かった。ひとりで居るとどうしようもなく落ち込んでしまうからわたしにはこれくらいで丁度いい。これを読んだあの人は傷つくだろうか、軽い女と思ってるんだろうか。でもそれは安定を愛しているあの人が言えるセリフじゃない。どうでもいい男に抱かれているわたしを責める権利なんてあの人にはない。あの人には帰る家が、家庭が、あるけれど、わたしには帰る居場所なんてどこにもない。

でも、安定を愛しているくせにスリルを求めるそんなあの人がわたしはどうしようもなく好きで、いとおしくて、ときめいてしまって、

 

 

一緒になりたくてもなれない、彼はそんなの望んでいない。仕方が無いと割り切るしかなかった。その条件を飲んだのはわたしの方だから。好きになった方が負けだから。

男の安っぽいGUCCIの香水と混ざった彼の甘いウィードの香り、EDMの音楽に私の独り言と吐息はかき消された。

 

"平穏に囚われた化け物にだけはなりたくない。"

 

いつかわたしも世帯を持てば、誰かの奥さんになれば今までの不倫相手の妻の気持ちもわかるのかしら。なんて睡眠薬が効いてきて、キスのせいで酸欠気味な頭で考える。わかりたくない。身勝手なままでいたい。すきになってしまって、ごめんなさい